遭遇

●遭遇

ドバイでの、小規模貿易の中心地デイラ地区。半年ぶりくらいに街中を歩くと、高級品を扱う店が増え、随分と様変わりしていた。人もそこそこいる。
3週間前に、ドバイの大学で教員をすることになってこちらに来たばかりの、パレスチナ系の知人と食事をし、街を案内して欲しいといわれていつもの場所、港近くのホールセラーの集まるエリアに行った。ちょっと変だったのは、道路脇がやけに綺麗なこと。確かに夜10時を回っていたとはいえ、シャッターを下ろしている店も多い。
そこで、5年ほど前から知り合いの、イスラムシーア派のアフガン人が経営する婦人服卸の店に行った。彼は、丁度店を閉めるところだったが、何か飲んでいくかい、話をしようと、店に戻るなり口を開いた。
ハザラ人と呼ばれるモンゴロイドの彼らは、我々に多少似ていて、かつイスラムシーア派のため、以前タリバンから激しい抑圧を受けていたことで知られている。今、アフガンではタリバンが盛り返したせいで、特に彼らは、英語をしゃべったり、コンピューターを使いながら仕事をすると危ないという。それなのに、アフリカから移民したばかりのアメリカ兵はそこで悠々と働き、それを今の政権が支える構造を、止めどなく話す。
本来は、そう口数の多い人物ではなかった。元々、隣の店で働いていた他のハザラ人が知り合いで、そのうち彼とも知り合ったのだが、気は良いけれど、一緒に仕事をしよう、とか、何か買ってきてくれ、とか無理を言われたこともない。どうやら、ドバイの経済は、こうした商人レベルでも随分痛んでいるようだった。

通常、ドバイでは、就労先が決まっている場合のみビザが出る。制度の変更などもあって、多少不正確な部分もあるが、確か今は、例えば会社が潰れたり、解雇になったら、一ヶ月以内に再就職先を見つけないとドバイにはいられない。最近、国外に戻る外国人労働者が急増し、ドバイの人口の二割が減った、という話も聞く。また、まだ残っている者も、給料が激減したり、低賃金でないと契約しない、と言われ、決断を迫られているという話は周囲でいくつも起きている。
インドやパキスタン、と言った、大量にドバイに労働者を送っている国の政府もそれを非難しないため、ドバイを代表とする湾岸諸国では、例え経済状況が悪くなっても、労働者との関係においてはそれが拡大し難い構造にはある。

結局、お金にならない業種は一瞬にして消すことが出来、規模を縮小することも可能だが、お金になる業種については、問題なく続けられ、規模の拡大にも素早く対応出来るシステムが、出来上がっている。こんなことで、良いのか、と思う部分もあるが。
日本の三菱などが参入しているドバイの地下鉄工事は着々と進み、最初に書いたように高級品を扱う店が増えたようにも思えるのも、経済状況が悪いとはいえ、ドバイへの渡航者を一定数確保できるようになったことで、外国人向けの業種に、店舗の有り様がシフトしていったのかもしれない。
メデイア関係などに、どんどん外国人がリクルートされていく、ということも良く指摘され、周囲でも実際に動いている。10年ほど前から知っているガザの青年も、カイロでメデイア関係の大学院に行っているやはりガザ出身の知人のルームメイトのアラブ人も、数ヶ月前からドバイ。この日一緒にいたパレスチナ系の知人のフィアンセのお姉さんも、UAEの大手メデイアで働いているという。

アフガン人の知人に、「商売はどう?」、と尋ねると、昨年暮れから最悪。店の外を見て欲しい、積み荷の段ボールバコが殆どないだろう、と。
確かに、この6年ほどで一度もなかった。今、彼の周囲の人々は、彼のように婦人服卸をしているものか、それをやめて、中古車が壊れたときの、修理用パーツの販売をしているものが殆どだというが、両方とも、危機的だという。次に何時来るのか、と聞かれたので、早くて6月かな、というと、その時にはもうドバイにはいないかもしれない、という。「何処に行くの?」と尋ねると、カナダとか・・・。
丁度カナダからドバイに来たばかりの研究者のパレスチナ人の知人は、確かにカナダにもアフガン人が多いと、話に加わってきた。その辺から、張りつめた空気になった。アフガン人と、パレスチナ人は、会話としてはあまりしなかったが、お互いを明らかに意識していた。ドバイは、パレスチナ人とアフガン人それぞれから、良く相手方の話をしているのを耳にするが、これほどの距離感で会い、深い話をすることは殆どないはずだ。
そうそう、アフガン人の彼は、03年のイラク戦争終了してからこのエリアで急増していた中国人も、急速に減っていると言う。
「朝来てみな。皆、じっと頭をうなだれているよ、中国人も。」

ドバイで始めた今回の取材の、結局、最初に考えた事が、眼前で更に酷な状況で現実化しつつあり、それを、典型的な二つのタイプの「難民」の遭遇、しかも、外国籍を持ち、エリート的な一方と、アフガン難民の中でも最下層にある一方、という対比も相俟って、奇妙なリアリティが加わった。


(4/10 台北・日本へ向かう便のトランジット中)